不安や抑うつ、不眠といった心の不調に、鍼治療が改善をもたらすことが示されました。
治療中の副作用は軽いものにとどまり、継続率も高い水準を保っていました。
薬に頼らない治療法として、鍼の効果と安全性が注目されつつあります。

不安や気分の落ち込み、眠りの問題など、心の不調を抱える人にとって、薬に頼らない新たな支えとして「鍼治療」が注目されています。
米国コロラド大学医学部と、退役軍人医療を担うイースタン・コロラド退役軍人医療センターの研究チームは、心の傷（トラウマ）に悩む人びとを対象に、鍼治療を一定期間行い、不安や抑うつ、不眠への効果を詳しく調べました。その結果、治療の前後で、症状が改善し、重い副作用は報告されなかったことが分かりました。
この研究成果は 2024 年 12 月、医学誌に掲載され、新たな選択肢となる可能性があります。

「心の傷」治療に新たな選択肢の可能性

仕事や人間関係、生活の不安など、私たちは日々さまざまなストレスにさらされています。ときに、こうした心の負担が積み重なり、不安や気分の落ち込み、眠れないといった症状につながることもあります。
こうした状態が長く続くと、心的外傷後ストレス障害（PTSD）やうつ、不安障害などの診断を受ける場合もあります。こうした症状は日常生活に大きな影響を与える一方で、周囲から理解されにくく、治療にも根気が必要です。これまでの一般的な対処法は、薬やカウンセリングによる治療が中心でしたが、副作用や通院の負担、治療への抵抗感などから、継続が難しいケースも少なくありません。さらに、地域によっては専門医療へのアクセスが限られているという課題もあります。
研究は、米国コロラド州にある退役軍人医療センターで行われました。対象となったのは、戦闘経験を背景に PTSD の症状を抱える 93 人の参加者です。いずれも過去の強いストレス体験を背景に、日常生活への支障を感じている方々でした。
研究チームは、参加者を 2 つのグループに分け、それぞれ異なる方法で鍼治療を行いました。一方のグループでは、実際に効果が期待される本来の鍼を用いた治療を実施し、もう一方のグループでは、皮膚にはほとんど刺さらない「偽物の鍼」を使った治療が行われました。
治療は最大 24 回、15 週以内のセッションを通じて行われました。その上で、心身の状態にどのような変化が現れるかが調べられました。評価には、不安や抑うつ、不眠、PTSD の症状に関する標準的な質問票が使われ、治療前後の変化が記録されました。

鍼の可能性と臨床応用に注目

研究の結果、実際の鍼治療を受けたグループでは、不安や気分の落ち込み、眠れないといった心の不調が、数値としてもしっかりと改善していました。
例えば、不安の度合いを表すスコア（HAM-A）は、治療前の平均 33.6 点から、治療後には 19.4 点へ減少しました。抑うつの指標（BDI-II）では、32.0 点から 17.5 点へと改善。睡眠の質を示すスコア（PSQI）も、14.2 点から 11.2 点へと下がっており、気持ちの落ち着きや眠りの改善がデータでも裏づけられています。
「偽の鍼」を使ったグループでも改善は見られましたが、実際の鍼治療を受けた人たちの方が改善の幅は大きくなっていました。
また、治療中の副作用は軽度なものが中心で、重篤な副作用は報告されていません。治療を継続した人の割合も高く、本物の鍼のグループで 90.7%、偽の鍼のグループでも84.2%に上りました。
特に、眠れない・気持ちが落ち着かないといった慢性的な不調に対して、薬に加えた補完的手段として、鍼が心の安定を支える一助になったとしています。
また、参加者の多くが治療を最後まで続けられたことからも、鍼が「無理なく続けやすいケア」であることが分かります。
今回の研究は退役軍人を対象としていますが、同じように強いストレスや不安を抱える多くの人にとって、鍼が比較的取り入れやすい治療選択肢になる可能性が示されました。

参考文献

Hsiao AF, Lai-Trzebiatowski J, Smith T, et al. Acupuncture for Anxiety, Depression, and
Sleep in Veterans with Combat-Related Posttraumatic Stress Disorder: A Randomized
Controlled Trial. J Clin Med. 2025 May 15;14(10):3443. doi: 10.3390/jcm14103443. PMID:
40429438; PMCID: PMC12112474.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40429438/